深夜にタクシーが走っているのを見ると、タクシー運転手は残業が多くて大変、というイメージを持っている方が多いかも知れません。
一方で、タクシー運転手は、売上の一定割合を給料としてもらう、完全歩合制であることでも知られています。
完全歩合制であれば、残業代が出る・出ない以前に、売上があがらないと給料自体出ないのではないか、と思われるかもしれません。
ここでは、タクシー運転手には残業があるのか、そして残業代は出るのかについて詳しく見ていきましょう。
タクシー運転手の乗務時間について
労働基準法という法律によって、タクシー運転手に限らず、全ての職業について、働く時間の上限が定められています。
具体的には1週間に40時間までとされており、これを超えていると残業になります。
一方、タクシー運転手については、厚生労働省が別途基準を出しており、タクシー運転手に課してよい「拘束時間」が決められています。
「拘束時間」とは、「出勤から退勤までの間にある時間」で、休憩時間を含みます。
拘束時間の上限は、原則として日勤の場合で月299時間、隔日勤務の場合で月262時間です。
拘束時間から休憩時間を引くと、実際の労働時間になります。日勤の場合月20日勤務、休憩2時間とすると、299−20×2=259時間が労働時間ということになります。
一方法定労働時間は週40時間ですので、1ヵ月170時間ほどを超えると、超えた分は全て残業となります。
労働時間が259時間であれば、89時間ほどが残業ということになります。
タクシー運転手に残業代はあるの?
完全歩合制であっても、都道府県ごとに決められた最低賃金は保障されなければなりません。東京都の場合は、1時間に1,013円(2020年7月現在)です。
また、これも労働基準法に定められていますが、法定労働時間を超えて残業した場合、会社は、その労働者に対して、通常の25%増しの残業代を支払わなければなりません。
そのため、前項の例(法定労働時間170時間、残業89時間)の場合、最低でも以下の賃金が支払われる必要があります。
1,013×259+1,013×0.25×89=284,907円
タクシー運転手が残業代で揉めている理由
前項で見た通り、本来はタクシー運転手にも労働時間に応じた残業代が支払われるべきなのですが、実際のところ、タクシー会社の賃金体系はそうなっていません。
タクシー業界では「売上に応じて給料も上がる」という考え方が根強く残っています。働いた時間に応じてという考え方ではありません。
そのため、同じ売上をあげた運転手の給料の差は極力なくすよう、賃金体系を設計します。特に、本来であれば残業とみなされる時間に払わなければいけない25%の割増賃金は、タクシー会社としては払いたくないのです。
多くのタクシー会社では、残業代相当額を歩合給から差し引く、という賃金体系が採用されています。これだと、いくら残業したとしても、売上が同じであれば給料は同じです。
このような、売上に応じた支払いをしたいというタクシー会社の主張も理解はできるのですが、労働基準法上は違反となります。
その点をめぐって、会社と運転手の間で争いが起こり、中には裁判まで発展した事例もあります。
次項からは、タクシー運転手が勝訴したものと敗訴したもの、それぞれの裁判を見ていきましょう。
タクシー運転手の残業代が裁判所で支払いが認められた例
2020(令和2)年3月30日、最高裁判所第一小法廷において、「歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払により労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえない」と判断され、破棄差戻の結論が下されました。
(引用元: https://houmu.nagasesogo.com/media/column/column-1702/)
まさに前項でご説明した、「残業代相当額を歩合給から差し引く」ことが違法とする最高裁判決が、今年、2020年に出たばかりです。
kmタクシーでおなじみの国際自動車の給与体系は、以下の記事に詳しいですが、最高裁はこれを違法としました。
https://www.kisoku.jp/zangyou/zangyoudais3.html
比較的大手の国際自動車と同じ給与体系を採用しているタクシー会社は多いため、今後多くの会社で残業代の支払い基準を改める必要が出てくるものと予想されます。
この他、過去には「徳島南海タクシー事件」という有名な事件があります。
徳島南海タクシーでは時間外・深夜手当として毎月固定の残業代を支払っていたのですが、これを違法としてドライバーが提訴したものです。
これについても、残業した時間の分だけ残業代を支払うべきとして、運転手側が勝訴しています。
タクシー運転手の残業代が裁判所で支払いが認められなかった例
一方、タクシー運転手が敗訴する事例はあまり見られないのですが、以下のようなものがありました。
姪浜タクシー事件(福岡地裁平成19年4月26日・労判948号41頁)
【事案の概要】
Y社は、タクシーによる旅客運送業等を業とする会社である。
Xは、タクシー乗務員としてY社に雇用され、営業部次長となり、定年退職した。
Xは、Y社に対し、在職中の時間外労働及び深夜労働の割増賃金と付加金等請求した。
Y社は、Xは管理監督者に該当する等と主張し争った。
【裁判所の判断】
管理監督者性を肯定し、時間外労働の割増賃金の請求を棄却した。
深夜労働割増賃金の請求は認めたが、付加金の請求は棄却した。
(引用元: http://www.ik-law-office.com/blog/2010/10/17/1097738/)
いわゆる管理職なので、残業代の支払はいらないというものです。
地方のタクシー会社で、事務員の給料の平均230万円、ドライバーの給料の平均400万円のところ、このXさんが700万円以上の収入を得ていたことや、時間をわりと自由に使えたことが、管理職と判定された根拠のようです。
まとめ
以上、タクシー運転手の残業代について見てきました。
タクシー運転手は歩合制とはいえ、会社に決められた時間働くことを求められている以上、会社は残業代を支払う義務があります。
一方で、タクシー運転手の側も、売上がなくても給料がもらえることにあぐらをかいて働かないでいると、会社が十分な売上をあげられず、会社自体がなくなってしまうことにつながりかねません。
会社が残業代を支払わなければならない一方で、運転手の側も残業代に応じた働きをしないといけないということです。
理想は会社も儲かり、運転手も儲かることです。理想を実現するために、日々の売上を大切にしていきましょう。